どこかの女子大生の備忘録

学生兼ライターです。大学の講義の感想などを記録していきまーす。

消費者のために書く

 

 私がお仕事をいただいている媒体は、基本、紙媒体です。webのときの担当編集者は好きなんだけど、あぁ……私はネタは取ってこれるけど、彼が求めてるのは影武者的なまともなライターなんだなと、ひしひし感じていました。

 

 ネタがあるよ、君と仕事したいよって言ったところで、私が持ってるネタを過小評価されてしまったら傷付くだけ。

ギャラ安いのに病まされる必要なんて、どこにもないんです。

 

 ただ、自分が綺麗どころに憧れを抱いて、それができないから嫉妬してるだけ。

 

 今のライター仕事は単価高いから嫌いじゃないけど、心が苦しくなる。ダブスタ感を出すために自分の経験を解体してく。自分が誰なのかわからなくなるし、ダブスタ感を出す自分を内面化しちゃいけないんだし、本当はビックダディーなんて興味ないんだし。

 

消費者を満足させるためだけに書くんだよなぁ。

ライターの憂鬱

 いつも言ってるんだけど、レポートの提出期限と原稿の〆切が重なったときはきついです。

 

 つい考え事をしてしまい眠れなくなるなんてざらにあって、息抜きのために読む小説を「あれは大衆向けだから……今は学術書読まないといけないんだ」と反芻し、封印。

 

 めちゃくちゃつらい。

 本音を言えば、舞城ワールドや金原ひとみの世界観にどっぷり浸かりたい。

 

 だけど、読んでいい本課題の本。原稿の参考になる本。同じ章を三週して、4週目でレジメ切って、そこから原稿に使えるネタにまで落とし込んで、小ネタを探して、構成を考える。

 

 キャラを出した方がいいのか、一人称で進めるのか。内容によって書き方を変える。一瞬、何をしてるのか分からなくなるし、学術書を噛み砕くのは死ぬほど難しい。

 

 それでも、みんなに伝わるように、伝わりますよーに!って願いながら書く。

 

 これだけやっても自己顕示欲が乏しいから自分のクレジットを出さない事もある。自分のクレジットを出さない仕事をこなしても、やってる事は同じだから、せめて、ちょっとだけでいい。誰かの記憶に残りますように。

リボトリールが増えた

ラミクタール125

エビリファイ

リボトリールが加わりました。

 

これは効きますね。

 

すでに眠いです。

 

原稿3本、アンケート調査の調査票作らないといけないけどしんどい。

 

私はメンヘラ気にしてないけど結構きつい。とくに聴覚過敏がつらいよ。

オートエスノグラフィーは感情もオケ

 慶應系のエスノグラフィーって本を読んだ。オートエスノグラフィーについて書かれている本を探していたら、それにたどり着いたから。

 

 オートエスノグラフィーは「日記」的なもので、感情も記録していいらしい。というのも、むかーし、エスノグラフィーの手法で調査していた調査者が調査対象の文句を書き殴った日記が発見され、それが資料になったからだそう。

 

 なんておもしろいんだ……。

 行儀よく真面目なんてうんざりした私にとって、希望が見えてくるものじゃないか……。

 

 愚痴ばかり書いていいなら毎日ブログ更新できる。(する必要はないんだけど)

 

 出来るだけ後から使える資料にするために詳細を書いていこうと思った。

好きすぎてつらい

 「好きすぎてつらい」って何だろう。

 どうして、涙が出てくるくらい苦しいんだろう。好きな人と時間を共有すれば、同じ空間で過ごせたら、それで満たされるのだろうか。

 

 きっと、ワタシは満たされない。

 際限なく溢れ出てくるのが「好き」というものだと思っている。

 

 最初は連絡が取れるだけで満たされた。声が聞けるだけで、LINEの文面を見るだけでいいと思えた。

 

 君が好きな音楽とか作家とか。色んなことを知るたびにドキドキした。

 

 だけど、好きは溢れてくるものだから、何だかもの足りたいから、少しずつ狂気を帯びていく。

 

 君が書いた文章を指でなぞってみた。なんだか嬉しくなった。それと同時に、もっと触れたくなる。君の文章を写してみた。もっともっと欲しくなる。君の本を破いて食べてみた。カサカサした紙の質感が私の唾液と混ざって、ちょっと優しくなる。その紙が喉に刺さると愛おしさが込み上げてきた。

 

 君をたべたい。

 君の手も、爪も、目ん玉も、髪の毛も、うぶ毛も。全て食べつくしたい。

 

 でも、食べちゃったら君のカタチがなくなってしまう。それでいい。イヤだ! ちがう! よくない! さびしい! もっと、君という存在を感じていたいんだ。そう、もっともっと身近に感じていたい。

 

 そうだ! 良いことを考えた!

 君の指とワタシの指を交換すればいい。慣れてきたら腕や脚も入れ替えよう。チグハグになったワタシ達は、お互いのカタチを残したまま、ずっと一緒に居られるんだし、同じ人間になれるんだし、こんなにも素晴らしいことはないと思う。

 

 君の本の文字が滲んだ。ワタシは泣いてるんだ。できれば君を食べたくないし、チグハグになりたくない。本当は、ただ、君と同化したいだけなんだよ。

伸びた爪と小さな欲

手の指がのびました。ネイルしに行きたいです。髪の量が増えてきました。髪を切りに行きたいです。少しずつ暖かくなってきました。淡いピンク色のガウチョパンツと白の薄手ニットが欲しいです。インフルエンザにかかりました。ちょっとだけ頭がクラクラします。頭の回転が悪くなりました。〆切を延ばしてもらいます、申し訳ないです。何度も書き直しました。世界観が無くてイラつきます。足の爪が伸びました。切ろうと思ってから14日目くらいです。

「欲」「希望」に分類されるものの中で、叶ったのは〆切が延びたことだけです。ちっぽけな日常の、小さな小さな欲ですら実現するのは難しいのか、と。わりと伸びてきた足の爪を見て考えてしまいました。

みんな役者なんだよ

誰かに読んでもらう文章を、お金を貰って書く文章を、書くのって地味に辛い。意識の高いライターさん達は「炎上がクセになる」らしいけど、PVが上がるにつれてメンタルがキツくなっていく私は、そんなに書くの好きじゃないんだろうなあ〜と思う。むしろ、初めて書いた記事が媒体のアクセスランキング1位になって、その後の連載も、まあまあ好評で、大炎上こそ経験したことは無いものの、ぼちぼち読者はいるんだし、これくらいが心地よいな、という気持ちがある。それでも、たまーに気が向いたときにPVは気になるもので、安定していると私のメンタルも安定する。自己顕示欲ではなくって、仕事だから全くPVが伸びないのは申し訳ないって気持ちが強い。先週の社会学概論の授業で、ゴフマンの何チャラみたいな話をしていた。たしか自己とは他者との関わりあいの中で〜的な話だった気がする。で、他者との関わりあいの中で自己を“演じる”の、演じるがキーワードになるゴフマンなんだけど、他者を読者に置き換えると、必ずしも書き手がありのままの自分を曝け出しているはずなどなく、“演じてる”わけなのだが、どうも、読者というのは断片的なものを全てだと思い込んでしまうらしい。「ヒトの人生」や「ありのままの他者」を一気に見れると考えている浅はかさに、毎度、驚かずにはいられないのだが、それが、マジョリティだとするならば、ちょっとだけウンザリしてしまう。大衆にウンザリするよりも、自分の〆切守れないクセと寝坊クセにウンザリするのが正しいのだろうけどね。